「「ところで、あなたがお書きになった『薄化粧』のあの人はいまどうしているか、ご存じですか」
と、(引用者注:取材先の刑務所関係の人が)いい出した。
あの人とはもちろん坂根のことである。
「知りませんが、刑務所にいるのと違いますか」ぼくは答えた。
坂根の罪はたしか十二、三年であったかと、覚えていたのだ。
「いや、刑を終えて出所していますよ」先方さんはいう。
「そうですか」
ぼくはうなずいた。出所をしても彼はすでに老人。どこでどんな暮らしをおくっているのであろうかと、ふと、思った。」

 刑務所関係の人の言によれば、「坂根」さんは出所後、落ち着いた暮らしをしていたとの事(西村望エッセイ集「虫の記」より)